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No Triathlon No Life...|Back Number

No Triathlon No Life...|白戸太朗の裏ワザ的トライアスロンライフ

Vol.01「ガラスの腰をもつ男!?〜私が大きな故障をしない理由」

まいど!しらとたろうです。今月から連載を受けもつことに。87年にトライアスロンを始めて、本誌との付き合いが始まったのだが、その当時憧れていた雑誌で連載をもつことになろうとは……そのころは名前が載るだけで喜んでいたのが懐かしいねぇ。あれから17年、その間に趣味が仕事となり、仕事がライフスタイルになりと、トライアスロンとの付き合い方も変わってきた。その中で見たもの、触れたもの、味わったものを通じ、感じてきたことをつぶやいていこうかと思う。 この原稿を書き始めて数えたら、トライアスロンにたずさわって17年目。人生の半分をこの競技とともに送ってきたことになる。その前は10年間、クロスカントリースキーをやっていたから、合計27年間も競技としてスポーツに取り組んでいることに。その間、まったく身体を動かさない時期というのはなかったわけで、よくも動きつづけてくれるもんだと我ながら感心!レース中は「がんばらんかい!」と叱咤激励する身体も、「よう頑張ってるねぇ」といたわってあげたくなる。普通の人が生きている間に動く量など、とうに超えているるんだろうなぁ?

よく「身体丈夫なんですね?」なんて聞かれるのだが、なんのなんの。故障しやすいからこそ長くやってこれたのだ。良く言えば用心深く、悪く言えば臆病者ということ?!
「選手が強くなるには何が必要か?」。よくある質問だが、私は「大きな故障せず、コンスタントにいい練習をすること」だと考えている。特にトライアスロンやマラソンなどのエンデュランス系スポーツは才能1割、努力9割だから、どれだけ練習するかが勝負。ある程度の質の練習をたくさんできれば、その選手はおのずからそれなりのレベルになる。問題はそんな練習量を常にできるかということ。練習のための練習とは本末転倒なようだが、「いい練習をできるように、基礎的な練習をしっかり積んでおく」。これぞ強化の基本。本物を作るには時間がかかるということですな。
動けなるなるような痛みが数年に1回は襲ってくる。

ここで大事なのが故障との付き合い方。既存の自分を超えようとしたら、これまで以上の練習量や、練習の質をあげる必要がある。そこで、必ず身体のどこかが悲鳴をあげるだろう。それは痛みだったり、違和感だったり、筋肉の張りだったり、様々なかたちで訴えてくる。このときに身体の声を無視しないこと。訴えているというのは、その部分が負荷に対して耐えられなくなっているのだ。まずはその部分を伸ばしたり、アイシングしたりマッサージしたりして疲労を軽減してあげる。そして、その部分がその負荷に耐えられるように、鍛えるというのが大切だ。 ケアは多くの人がやることだが、この「鍛える」をしないで練習を重ねれば、必ずまた再発する。故障後、ただ生活するだけならともかく、競技を続けていこうとするならば、弱い部分を「鍛える」のはマスト。これを繰り返してこそ、既存の自分を超えることができる。
私の場合腰が弱かったので、腰痛のオンパレード。疲労性の動けなるなるような痛みが数年に1回は襲ってくる。そのたびに鍼で炎症を抑え、疲労をとる。そしてその後は徹底したストレッチと補強。今でも練習の最後には必ずこのふたつは欠かさない。そのお陰で、★分の練習時間しかないときには、15分程度しか走らず、このふたつに取り組むことになってしまうくらい。とくに腹筋と背筋は重要で、ガラスの腰は、かろうじてこれで保持されていると言っても過言ではない。

もうひとつのキーワードは「相談」。27年の間に幾度も故障を経験したものの、ラッキーだったのは、常に相談する相手がいたことだ。90年の宮古島では直前まで欠場を考えていた。そのときに治療、アドバイスしてくれたのが白石宏さん、その後は今もお世話になっている山下且儀トレーナー、さらにその弟子である私の弟、白戸篤志。少しでも変調を感じたら、たとえ遠方にいてもまず相談し、早い段階で手を打つ。そうすることで、故障が小さいうちに対処できるので、結果的に早く復帰できる。休むというのは勇気がいるが、そこで信頼できる人からのアドバイスがあれば安心して休めるもの。1週間休むことで、1カ月のブランクを防げたら競技者として本当にありがたい。 トライアスロンはマイペースで行えるスポーツ。自分の身体にしたがっていけば決して大きな故障はない。それに、長く付き合ってこそこのスポーツの面白さがわかるのだ。 ちょっと臆病に、いや用心深く行動し、長〜いお付き合いを!