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No Triathlon No Life...|白戸太朗の裏ワザ的トライアスロンライフ

Vol.07「簡単、シンプル。私の疲労回復ライフ!?」

ツール・ド・フランスに、自身のレースにと嵐のような7月を終え、抜け殻になっていたら連載担当編集者からのメールが。「次回のテーマ、『夏の疲労回復』なんていかがですか?」。おいおい、それはまさに今の私が必要としているところ。そんな方法、ぜひ私にも教えて欲しい!? さて、7月末から8月にかけて、自身にとって新鮮な体験をふたつほどした。トライアスロン暦17年、レース出場回数250大会以上となると、そんなに珍しい体験はないのだが、地味ながら新しい体験だった。ひとつは渡良瀬であった東京都大会にリレーで出場したこと。 過去、駅伝方式のトライアスロンは何度か経験があったが、各種目を引き継いでいくというリレーは初めて。「トライアスロンは3種目やってこそ」という固定観念があった私にとって、この形の出場は本意ではなかった。ただ、中山俊行、山本光宏、宮塚英也というドリームチームが同レースに出場するとのことで、都内のトライアスロンクラブが打倒ドリームチームを目指してチームを作るという企画に乗ってしまった。好奇心で生きている私は、ツール生中継明けで、ほとんど寝ないまま現場に乗り込むこととなった。

会場に到着し大会の空気に浸り、この日のライバル、スイム担当の中山さんとしゃべっているうちに、ふたりでワールドカップやNTTサーキットに出ていた10年前が蘇ってくる。すると宮塚さん、山本さんが加わり雰囲気はすっかり同窓会。皆、選手として一線は退きながらもこういう場に出てくるのは、とことんトライアスロンを愛している証だろう。 レースは水温が高く、ふたりとも湯だってしまったが、その後もチームメイトを茶化したり、他人を応援したりと気楽に大会を楽しんだ。仕上げは地元主催バーベキューに合流。睡眠不足、レースの疲れ、日差しというトリプルパンチでビールのまわりも早かったが、「トライアスロンな週末」を堪能させてもらった。たとえ1種目でも、結果が悪くとも、皆で騒げば楽しいレース。「タイムなんてトライアスロンの一部なんだ」と帰路の車内で考えて目をとじたら次の瞬間は都内だった。熟睡! 2日酔いで目覚めた福岡の朝

翌週はこのところ恒例になっている久留米の筑後川トライアスロンへ。羽田空港で福井英郎とチェックインした直後に電話が鳴る。「台風で中止になりました」。まだ天候も崩れていないし、前日の午前中ということもありピンとこない。しかし台風の怖さを知っている九州の方の判断だけに重みが伝わってくる。それでも「午後からのキッズセミナーがあるので現地には来てほしい」ということで機上の人に。 過去にもハリケーンで中止になり、フロリダ旅行になってしまった遠征や、台風直撃の夜を経験し、レース日の午後には快晴の中を帰宅した遠征なども経験してきた。しかし出発時から中止になっている大会に向かうのは初めて。複雑な気分で福岡に降り立つ。大会関係者の無念の表情がやるせなさをさらに突き上げる。自分も大会を作る立場だけに、準備してきたものが、直前で吹き飛ぶことの喪失感がいやというほど伝わってくる。福井とふたりで気合を入れて午後のキッズセミナーに。子どもたちには大会の分まで満喫してもらったようだが、私自身は力が入り過ぎたのか、暑さでのぼせ気味。すぐにプールへ直行した。

翌朝は2日酔気味で目が覚め、ぼーっとしていると電話が鳴った。行き場のないエネルギーを宴会にぶつけてしまったようで、頭が覚醒しない。どうやら「ミィーティングしますから」と呼び出されているようだ。すぐにロビーに向かうと大会の中心人物たちが勢ぞろい。「今後の対応を協議したい」。シリアスな会議にあっという間に目が覚めた。会議のポイントは、大会のスタンスをどのように示すことができるか。大会準備はすべて終わって、すでに大半は出費されている状況で、エントリーフィーの返金は不可能。しかし、少し残った予算でせめて何をすべきか…。そんな議論になぜか招待選手であったふたりも参加させてもらうことに。それにしても、つくづくトライアスロン大会を作っている人は、バカ正直というか、真面目である。だからこのスポーツでお金持ちになる人は稀だし、このスポーツから離れられないのだろう。「ある意味、貴重な遠征だったな?」なんて帰りの機内で思っていたら、次の瞬間に羽田に着陸していた。やはり熟睡!? さて、夏の疲労回復法。私の場合は、きわめてシンプル。「とにかく寝ること」。そして暑さを吹き飛ばすほどの「熱い人と出会うこと」。これに勝る回復法はない!